社交ダンス&合唱を愛する猫のブログ ~ by 気ままな猫 ~

東京で社交ダンスを踊ったり、合唱や楽器で音楽を楽しんでいます。

「ぼくが小鳥に(作曲:萩京子/作詞:寺山修司)」の歌詞には決別と決意が込められている。

5つの混声合唱曲「飛行機よ」に収められている1曲「ぼくが小鳥に」の歌詞解釈と曲作りについて、私なりの見解をつらつらと書きます。

 ■組曲から見た位置づけ

「ぼくが小鳥に」は、5曲のうち、ちょうど真ん中の3曲目に歌われます。

一、五月の詩・序詞

二、少女に(「三つのソネット」より)

三、ぼくが小鳥に(「三つのソネット」より)

四、桜の実のうれる頃(「三つのソネット」より)

五、飛行機よ

真ん中の3曲に書かれている【ソネット】とは、14行で出来ている短い詞の事を指します。ですので、「ぼくが小鳥に」も14行で書かれています。また、2曲目から4曲目までは、ひとまとまりで見た方が良さそうですよね。(今回は割愛しますが)

 

■いつ頃の作品なのか

作曲者 萩京子さんが言うには、この「ぼくが小鳥に」は寺山修司が20歳ころ(1976年ころ)の作品【われに五月を】の中に収められた詩とのことです。1976年当時の出来事と言えば、「ロッキード事件」や「モントリオールオリンピック」などがあった時代です。どちらかと言えば、明るい時代のように感じますね。

 

■20歳の寺山修司は死の淵をさまよっていた

寺山修司は20歳の頃「ネフローゼ」という重い病に罹り、生死の境をさまよっていたそうです。その時に、「この稀有な才能を、1冊の本も残さずに死なせてなるものか」と尽力した中井英夫によって出版が実現した本とのこと。

この詩集について、寺山修司が語った言葉をそのまま書きます。

「この作品集に収められた作品たちは全て僕の内に棲む僕の青年の所産である。言葉を更えて言えばこの作品集を発行すると同時に僕の内で死んだ一人の青年の葬いの花束とも言っていいだろう。しかし青年は死んだがその意識は僕の内に保たれる。「大人になった僕」を想像することは僕の日日にとってはなるほど最も許しがたく思われたものだ。
だが今ではもう僕はそれを許そうと思う。いや、許すというよりもロムヌーボー「新しい大人」の典型になろうと思うのだ。美しかった日日にこれからの僕の日日を復讐されるような誤ちを犯すまい。」(『われに五月を』「僕のノート」)

 

■歌詞解釈と曲作りについて

以下、歌詞を一通り書いておこうと思う。

 

ぼくが小鳥になれば

あらゆる明日はやさしくなる

食卓では 見えないが

調和がランプのように明るい

 

朝 配達夫は花畑を忘れる

歳月を忘れ

少女は時を見捨て

ぼくには 空が青いばかり

 

そこに世界はあるだろう

新しいすべての名前たちもあるだろう

だがしかし 名前の外側では無窮の不幸もあるだろう

 

小鳥となるな

すくなくとも ぼくはなるな

手で触れてみない明日のためには

 

寺山修司の言葉を借りれば、「小鳥」は子供であることを表すのではないか。「小鳥」のままいれば、世界は優しいばかりで美しい事だけである。だが、子供の世界を一歩出れば、そこにはたくさんの不幸がある。だから、現実から目を背けてはいけない。現実の明日を見る為に、小鳥になってはいけない。子供からの決別と、大人になることへの決心が書かれているのではないだろうか。

 

歌詞を踏まえて曲作りをするとなれば、明るい曲調の中にも苦悩と決心を伝えなければいけない。幸い、強弱記号や休符が上手く使われて表現しやすくなっているので、楽譜をよく読むことが大事です。曲調が変わるところを要チェックです。

参考音源


3. ぼくが小鳥に